未接触民族の暮らす未開の島北センチネル島とは、調べてみた。

未接触民族の暮らす未開の島北センチネル島とは、調べてみた。

中国系アメリカ人のキリスト教宣教師が北センチネル等で殺害されたというニュースが飛び込んできた。
度々ネット上では話題になる北センチネル島だが、今までに 交流成功例等があることが調べて分かってきた。
そこで、今回は北センチネル島とは、その外界との交流の歴史とは、を調べてみた。

北センチネル島とは

まずは、北センチネル島の地理や歴史を調べていく。

インドの南東に位置している。

andaman
矢印の細長い島がアンダマン島

Wikipedia情報によると、北センチネル島は、インドのアンダマン諸島中の島。
写真を見てもらえばわかる通り、インド領ではあるがインドからは距離がありミャンマーに近いようだ。

Sentinel
実はかなり他の島と距離は近い。

また、未開の島で孤立しているような印象があるが、
実は距離的には近くのアンダマン島からは30km程度しか離れていないようである。
この近さのせいで地元の漁師や観光客などが迷い込みやすく、事件になりやすいために度々取り上げられるのかもしれない。

ちなみにこのアンダマン島は立ち入りが可能で、空港もある。
(ただし、一部先住民保護区域となっているため、許可証が必要なこともある)
海が綺麗なので、観光客も多いようだ。

北センチネル島に住む原住民の文化

North_Sentinel_Island
航空写真(NASA)

 

北センチネル島には、センチネル族と呼ばれる原住民が40~500程度暮らしているとされる。
文明は石器時代レベルとも言われているが、如何せん観測が難しいため正確なところは謎としか言えないだろう。

NASAの航空写真を見るとわかる通り、
島は森林に覆われていてどのような生活をしているかはまるで見えない状態になっている。
森を切り拓いている様子は見えないが、集合住宅や、簡素な小屋のようなものが確認されているそうだ。

言語も独自のもので、その排他性から解読はうまくいっていない。

北センチネル島の歴史

Sentinel-map
Map提供元

 

北センチネル島は、観測されている動画などを見ると、意外にも黒人系のようだ。
インド領であることやミャンマーに近いことを考えると、アジア系の人種が住んでいるイメージであるが、
どうやらおよそ10万年前に、アフリカから分離したと推測されていて、アフリカ方面の人種の可能性があるようだ。

分かっている範囲の歴史は、以下のようになっている。
1880年に当時のインドの統治国であるイギリスが島を探索、なんと6名(老夫婦と子供)を捕らえて連行している。
しかし、夫婦が病気になってしまい死亡したため、子供たちは島に返されたとされている。

1947年以降は、インド領であることになっているが、特に条約を結んだりとかはしていない模様。
(そもそも言葉が通じないので当然と言えば当然)
インド自体一つの国の形を取ってい入るものの、
いまだに地方の権力者が強い力を持っている豪族の集合体のような国なので、多分昔からその辺が緩いのだと思われる。
センチネル島に特に魅力的な資源があるというわけでもないのでしょう。

1960年代以降は、交流を持とうと何度か試みをしているようだ。
次の章でその詳細をまとめていく。

原住民との接触・交流の歴史

センチネル島の住民は、何かと「好戦的・危険」と言われているが、彼らが近くの島に侵略行為を働いたという記録は残っていない
イギリス統治下で6人が連れ去られた際に「外部の人間は危険」という認識をしてしまった可能性もあり、
防衛のための戦闘」に対して積極的なだけの可能性もある。

1974年・ドキュメンタリー映像の撮影に挑んだグループ

1974年に、ドキュメンタリー映像を撮ろうとしたグループが現れる。
矢の雨に曝され、撮影監督の太腿に2メートル半もの長さの矢が刺さったと言われている。

1980~1990年代・交流に成功


1980~1990年代からは政府の支援のもと、ココナッツ等の贈り物をして一度は攻撃を止めさせることが出来た
しかし、1996年にはこの計画は中止。
Wikipediaによると、

同じアンダマン諸島に住むジャラワ族との接触が、その後、病気や文化的な衝突を引き起こしたことから、センチネル族に対しても積極的に接触を試みないことになった。

ということである。

センチネル島は話が通じず好戦的という印象が強いが、実は比較的最近まで交流が出来ていたのである。
ただ、この一件やイギリスの件などで、
外部の人間と接触する=何か災いが起こる」と思われて防衛意識を強くしてしまっている可能性もあるのではないだろうか。

2004年・スマトラ沖事件

2004年にはスマトラ沖地震があり、当然センチネル島にも被害があると思われた。
救援物資を届けたが、その際に矢を射かけられている。
上陸できていないため、被害の規模はわからない(調べた範囲では、小規模で済んだとされている)ようだが、
少なくとも矢を撃ってきた住民はいるので何人かは生存していることが分かった。

2006年・カニ密漁をしていたインド人が殺害される

カニの密漁をしていたインド人2人が、ボートが流され北センチネル島に漂着し、殺害されている。
インド人が殺害されているが、こういった未接触部族の殺害は警察の扱いが難しいからか、
殺害されたのが密猟者だったからか、もしくはその両方かはわからないが、
遺体の回収は矢を射られたために諦めたそうだ。

2018年・中国系アメリカ人の宣教師が殺害される

そしてつい数日前の出来事だが、
中国系アメリカ人の宣教師が殺害されたという報道があった。
漁船を雇って島にカヌーでわたり、布教が目的だったということだが・・・。
(※センチネル島への半径5km以内への侵入は犯罪です。遠くからの撮影なども禁止になっているそうです。)

記事にもあるが、
未接触部族に接触しないのは、決して「言葉が通じない相手だから」ではない

外部の人々が一般的に持っている病原菌に対しての抵抗力がない可能性もあります。そのためセンチネル族との接触は法律で禁じられている

とある通り、下手な接触は一つの部族に病原菌による大虐殺を引き起こしてしまう可能性がある。
かつセンチネル族については一度その危機が起こったために慎重になっていると考えるべきだ。

亡くなった方を非難するようになってしまって申し訳ないが、
そこに単身準備無しに乗り込むのは民族保護の観点からあまりにも危険である。
真似する人は早々いないだろうが決して真似しないで欲しい。

まとめ

結局何が言いたかったかというと、
センチネル族こえー、いつまでも対応しないインド政府はなにやってんのと悪口を言われていたので、
そんなことないんだよと言いたかったです。

センチネル族は一度は接触・交流に成功していますし、他の島への侵略行動もありません。
「好戦的・危険」な民族と決めつけるのはちょっと違うと思います。
歴史的経緯から外部の接触に対して警戒心が強い」と考えるべきじゃないかと思います。

インド政府も対応していないわけではなく、
対応して、危うく病気や文化対立でセンチネル族が危機に陥りかけたので計画を凍結したという背景があります。
外部からの接触を禁止することで彼らを保護しているのです。多分。

宣教師の人も別に悪くは無いと思います。
本当に純粋にもっと便利な暮らしをさせてあげようという善意で行ったのだと思います。
残念な結果に終わってしまいましたが・・・。

とりあえず、こちらに害を与えないのであれば放っておいて欲しい人は放っておいてあげることも大事だということです。
センチネル族だけに限らず放っておいて欲しい人は放っておきましょう。

ダンゴムシは好きで岩の後ろに隠れてるんです。