唯一のソマリア専門家?高野秀行氏「謎の独立国家ソマリランド」を読んでみた

唯一のソマリア専門家?高野秀行氏「謎の独立国家ソマリランド」を読んでみた

こんにちは、@bluesky177896です。
今回は、ノンフィクション作家であり、秘境を愛する高野秀行氏の大作「謎の独立国家ソマリランド」を読んだのでその書評を書いていきます。
ネットでやたらと話題になるソマリアを「実際に行って、経験して、調べつくして今もなおどっぷりソマリ世界に漬かって」いる作者による、
日本唯一(もしかして世界一かも)と言ってもいいソマリアの専門書です。

ソマリアと言えば?

ネットでソマリアというと、海賊がやばいとか、治安がやばいとか「リアル北斗の拳」だとか好き放題言われている
実際、海賊被害は一時期非常に多く、現在も偶にではあるが起きているようだ。
また、拉致が文化としてあるらしく、内地でも外国人がフラフラ歩いているとすぐ攫われる治安であることも事実。

信頼できるであろう情報源である外務省の基本情報によると、
外務省のソマリア地図
2015年時点で人口1,400万人ほど、対して面積は日本の1.8倍ほどある。
首都はモガディシュで、南に位置している。
民族はソマリ族、宗教はイスラム教で、公用語はソマリア語である。
そして気になる治安データはというと、全体が真っ赤のレベル4!(2019/01時点)

しかも、詳細を見ると今回読んだ本に書いてある、「ソマリランド」も含むとわざわざ書かれているレベルである。
では、そんな危険でリアル北斗の拳の世界が広がると思われるソマリアだが、実際はどうなっているのだろうか?

ソマリアとソマリランド

まずこの本を紹介するうえで大事なのは「ソマリア」と「ソマリランド」は全くの別物だということだ。
ソマリア」という場合は大抵上に載せた地図全体を指すが、
ソマリランド」は以下の、ソマリア北部の黄色い部分のことを指示している。
ソマリア北部に位置するソマリランド

さらに、追加で「プントランド」という国家もあり、これは右上の角のような部分の濃い青部分を示している。
なので、ソマリアは実際には、

  • ソマリランド(ソマリア北部)
  • プントランド(ソマリア北東部)
  • ソマリア(ソマリア南部)

という勢力(個人的にはソマリランド独立支持派ですが、分かりやすくするため勢力とします)に分かれている。

今回紹介する「謎の独立国家ソマリランド」はこの三勢力の内情や、
三勢力に分断されるに至った経緯を非常に詳細に調査している。

以下に章立てて各国家について概要をまとめていく。

非常に高度な民主主義と、氏族のルールにより平和を手にした奇跡の独立国家ソマリランド

本のタイトルにもなっているソマリランド
この国家、読んだだけでは信じがたいことだが、なんと外国人観光客や、女性が夜遅くに護衛無しで出歩けるほど治安が良い
さらに、民間人のほぼ完全な武装解除にも成功しているというのだ。

この辺りは、実際に本著を読んで頂かないとわからない複雑な経緯があるのだが、
伝統的な遊牧民の契約と合理主義、そして高度な民主主義と、「独立国家として承認されないが故の成長」が組み合わさって、
南部、北東部からは考えられない奇跡の平和を手にしている。

筆者である高野氏の朋友となる「ワイヤッブ」の「もしかしたら、独立国家として承認されない方がいいのかもしれない」という旨の言葉がとても印象的だった。

海賊国家プントランド

そして角の部分にある北東部プントランド
ここは、立地から分かるようにイエメンに非常に近く、海賊が多い地域になっている。
ソマリランドから打って変わって一気に危険になり、護衛無しでは歩けないようだ。

ただ、最近は海賊の知名度が上がったことで、護衛が徹底されるようになったこと、
取り締まりが厳しくなったことなどがあり、ソマリランドに追随しているようだ。
もしかすると、ここも平和になる日は遠くないのかもしれない。

ブラック・ホーク・ダウンの元ネタにもなったイスラム過激派組織アル・シャバーブの活動地、南ソマリア

そして、ネット上でよく治安が悪いと言われる原因がここ、南ソマリア
ここは、映画「ブラック・ホーク・ダウン」の元ネタにもなった都市モガディシュがあり、
実際「イスラム過激派組織アル・シャバーブ」が今も活動している。

しかし、「謎の独立国家ソマリランド」を読んでいくと、
廃墟で子供や女性が怯え震える都市とは違い、都市の人々は活気に溢れているようだ。
過激派組織は実際、テロ活動や強制的な徴兵、無茶な命令などを下しているが、
都市の人々はそれに負けずにジャーナリズム活動などを日々行っているというのだ。

とはいえ、実際外国人が行動する場合護衛が必須
ただ、ソマリアの人々はただ怯え暮らしているのではなく、多くの人は前を向いて強く生きているのだ、
というのはもっと知られるべきではないかと思った。

ちなみに、ここで高野氏が出会う剛腕女性局長の女性は非常に美人さんである。(次作の「恋するソマリア」で写真を見ることが出来ます)

強いソマリ人

謎の独立国家ソマリランド」で面白いのは、ソマリの人々はとても強くて超速、ということである。
もちろん中には穏やかな人や、優しい人もいるのだが、
高野氏が出会うのは誰も彼も自己主張が強く、思ったことはすぐ口に出す合理主義的で、相手が外国人と知ればすぐ吹っ掛ける
こちらの話などまるで聞いていないと来ている。

日本人とはまるで正反対で、
驚きの反面その素直さと常にフルスイングな姿勢は、本心を隠し常に慎重な日本人としては羨望すら覚えてしまう。

もちろん高野氏も負けていない、
アフリカには覚醒植物カートというものがある。(アフリカ住民にとってビールみたいなもの)
カート
アフリカでは毎夜のごとくこのカートを齧って話をする「カート宴会(日本で言う飲み会?)」なるものがあり、
高野氏はそこで酒の勢いならぬ「カートの勢い」でグイグイ地元に食い込んでいく。
最終的にはワイヤッブの盟友になり、ソマリランド地元メディアの東京支部支店長のような肩書を得てしまう。
高野氏は著作内でワイヤッブや女性局長を敏腕と褒めているが、日本人でありながらソマリ文化にあっという間に馴染んでしまった筆者も相当の敏腕だろう。
(※カートは便秘になりやすいそうなので試す際は自己責任で牛乳片手に行ってください)

話を戻して、そんなやりたい放題していそうなソマリ人達だが、
彼らは「身内の契約」を非常に大切にしている。
この辺りの氏族や分家というシステムはとても数行には収められないので、
是非「謎の独立国家ソマリランド」を実際に読んでみて欲しい。
しかし、日本的、あるいは中世のヨーロッパ王政的な「血縁による氏族」ではなく「契約による氏族」を重んじる点が、
決定的にソマリ人を合理主義的で強かたらしめているように思えた
※外国人に対しては契約を守らないという訳ではないが、合理的ゆえに金に対して貪欲で、外国人は足元を見られやすいようだ

そんな強いソマリア人たちは、実際に会っていない私までその魅力に飲み込まれてしまいそうだった。

難民キャンプの話

上記でも書いたように、ソマリアは今3つ(5つ)に分断していて、各勢力で全く様相が違っている。
決してネットでネタにされているような酷い治安や、酷い状況ばかりという訳ではない。

一方で、難民キャンプに人があふれていたり、
南部では未だに過激派のテロも止んでいないのも事実だ。

この本を読んでいて一番胸に詰まったのは、
難民キャンプの人々の大半は、カメラを向けると笑顔を向けてくれる」という事実だ。
これは、決して難民の人々が余裕があるから笑顔であるわけではない
決して良い環境ではないキャンプにいながら、既に最悪の状況を脱したという安心感
外国人=救援物資を届けてくれる人、の仲間である外国人カメラマンは安心できる仲間だから自然と笑顔を向けてくれるのだ、
と高野氏は考察している。
これを読んで、難民キャンプにいてもなお笑顔を作れるような最悪の状況を経験したという、
当然の事実に対しての認識の甘さを痛感した。

個人的にはソマリランドを支持しているし、独立もして欲しいと思っている。
そのため褒めるようなことばかり書いているが、国境付近は依然として危険であるし、
やはりそこはまだ「ソマリア」であることを忘れてはいけないだろう。

最後に

高野氏は、学生時代は「探検部」に所属していたという。
秘境が好きで、ソマリアだけでなく、ミャンマーのワ州という所に潜入して麻薬製造現場のリアルを取材したこともあるそうだ。(いつか読みます)

そんな高野氏のモットーは「実際に行ってみる」ということだ。
その言葉に恥じず、時に危険な首都に潜入し、時に氏族の長老に弟子入りし、カートを嗜みながら住民の話を聞きだし、
恐らく英語資料にも滅多に無いような「住民たちのリアルな声」がこの本には詰まっているように感じる。

面白いのが、「海賊を雇ってその行為を撮影する」ための見積もりをしているということだ。
流石に犯罪なので手を止めているが、どこまでも「実際に行って、見る」ために行動し、考える姿勢が現れているエピソードだと思う。

ネットからは決して見られないソマリアの本当の顔に迫れる、まぎれもない傑作「謎の独立国家ソマリランド」。是非一読してみて欲しい。